ジェットエントリー REERACOEN
週刊ABROADERS
ABROADERSに挑戦
アジア最新情報

もう海は渡らないとまで思った、悔しい失敗 – プライム・ストラテジー株式会社 代表取締役 中村 けん牛氏が語る、海外撤退そして再進出

Indonesia
世界のWebサイトの約20%が使用するソフトウェア『WordPress』に特化した、数少ないコンサルティング企業であるプライム・ストラテジー株式会社。代表取締役・中村けん牛氏が率いる同社は、海外進出において過去辛酸を舐めている。撤退から7年の歳月を経て、ジャカルタに再進出。現在では現地の国営企業や財閥系企業との取り引きもするまでに成長している。

プライム・ストラテジー株式会社  代表取締役

2014.12.16

日本ともなじみやすいインドネシアへ

nakamurakengyu1_2_2

事業内容について教えて下さい。

世界のWebサイトの約20%が使用するWordPressというソフトウェアがあるのですが、私たちプライム・ストラテジーはそのWordPressのコンサルタント企業です。

具体的に言うと、そのソフトウェアの使用に特化して顧客企業のWebサイト制作をしたり、システム開発をしたり、あとは『WordPressの教科書』という本も日本と韓国で発行して累計4万部ほど売り上げています。

2002年に設立した会社ですが、2005年3月にインドネシアの首都ジャカルタに進出、一度は撤退したものの、2013年である昨年に再進出しました。

私自身、商社で働いていた父親の転勤に伴って、子どもの頃からブラジルとか国内外を転々としていました。これまでの人生で30回くらい住所が変わっているんですよ。だからかもしれませんが、海外にはずっと親しみがありましたね。

まずどうしてインドネシアを選ばれたのでしょうか。

約10年前に妻とバリ旅行に行きまして。当時はインドネシアの物価は日本の10分の1で、今は5分の1くらいになっていますが。そこで泊まった一流ホテルの従業員が、20代前半で日本語堪能、コミュニケーションも申し分ないのですが、その彼の月給が日本円にして約1万円だと知って。

そのホテルのロビーには日本語入力もできるパソコンが無料で用意されていて、もし彼がこの日本語PCを使って仕事したらコストだって安く済むし、そしたらもう日本人は勝てないんじゃないかと純粋に脅威に感じました。敵と捉えるか、味方にするか。だったら味方にした方がいいよねという考えから進出という発想が出てきました。

海外進出当時、弊社は今のようにWordPressに特化した会社ではありませんでした。Webサイト制作にeコマース、Webマーケティングやシステム開発など何でもやっている、いわゆるその他多くのIT系企業と大きく変わりありませんでした。今思えばそれも問題ですし、日本での開発コストは上がる一方。でも要求は高いという状況があって、限界を感じていたというのも大きな理由ですね。

それで海外進出しようと決めてから候補として挙げたタイ、ベトナム、インド、ミャンマー、インドネシアの5ヶ国の中から、最も親日的で日本語学習者数も多く、日本人のメンタリティにも近しい、またインドネシア語が比較的簡単な言語という理由でインドネシアに決めました。

インドネシア語は、タイ語やベトナム語と違ってローマ字表記でそのまま読めばいいので発音もしやすいですし、時制もなければ男性詞・女性詞の区別もない。英語の素養もない、いわゆるフツーの日本人社員が現地に行ってフツーに仕事・生活していけるところはどこかという視点で国を選んでいたので、その点でインドネシアはマッチしました。

無念の撤退、もう来ることはないと思っていた

nakamurakengyu1_3_2

進出するにあたりどんなアクションを起こされたのですか。

一般的には現地のコンサルティング会社や設立代行会社に依頼をしに行くところから始めるのが普通だと思いますが、私は自分で投資調整庁という現地機関に足を運んで「誰か日本語か英語できる人いませんか」というところからスタートしました。手続きというよりは相談でしたね。担当者も根気よく付き合ってくれたと思います。

法人設立されてからは人材採用もして、日本側で受注した仕事をジャカルタに投げる形でオフショア開発の仕事をしていましたが、1年半くらいしたところで事業を撤退せざるをえなくなりました。

理由は大きくふたつあって、ひとつ目は、本体である日本側の業績が当時悪化していたこと。ふたつ目は、当初期待していたよりも効果が出にくかったということです。

開発コスト削減を目論みにジャカルタ進出したものの、日本のクライアント、本社、ジャカルタの窓口担当者、ジャカルタのエンジニアなどと関係者も多く伝言ゲーム的になってしまい、時間もコストもかかるという現象に陥っていました。

撤退が決定的になられた際、どんな気持ちでしたか。

撤退を社員に伝えるために出社してすぐ、私を迎えてくれた幹部のひとりが笑顔で私にこう言うのです。「私はプライム・ストラテジーに入社できたことをとても誇りに思います」。その30分後、撤退の事実を全社員に伝えました。悔しかったですよ。当時は「もう二度と海をまたぐことはない」とまで思っていた。

50人ほどいた社員は、閉鎖の日まで荒れることも無く粛々と仕事をこなしてくれましたね。当時、法的処理などの事務的な一切を引き受けてくれたのが幹部のひとり、マロワです。彼は日本への留学経験もあり、私たち日本人社員と現地社員の橋渡しとして活躍してくれた人なのですが、撤退後は、彼が自分で資金を出して、ローカル企業として会社を引き継ぎました。しかしこれが、後に私たちが再進出するにあたり大きな足掛かりとなるのです。

海外転職エージェント トレンド

ABROADERSの更新情報をいち早くお届け

ABROADERSの最新情報は、Facebookで随時UP中です。
「いいね!」を押して、最新情報をゲットしよう!

コメントする