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アフリカへの夢を抱きながら、ベトナムで日系企業をサポート – ICONIC CO., LTD 取締役 長浜みぎわ氏

Vietnam
中学生の頃に抱いたアフリカへの夢を、青年海外協力隊員として実現した長浜氏は現在、公私ともにパートナーであるご主人と共にベトナムで会社経営に携わる。進出日系企業にとってニーズの高い人事労務コンサルティング事業を進める傍ら、プライベートでは二児の母親として、再び事業でアフリカを目指す。

ICONIC CO., LTD.  取締役、人事労務コンサルティング部統括マネジャー

2015.07.21

日本からウガンダ、そしてベトナムへ

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事業内容について教えて下さい。

当社ICONIC(アイコニック)は、アジア発のローカル人材紹介会社として2008年に始まった会社で、私の夫である安倉が設立しました。

事業は主に、人材紹介業HRR(Human Resource Recruitment)と人事労務コンサルティングHRC(Human Resource Consulting)の二本柱で、私はHRCの責任者をしています。一般的に、人事には「採用」「労務」「育成」の3段階の領域があり、HRRは採用を、HRCは労務に関してのスペシャリスト集団としてお客様の問題解決に日々あたっています。

創業以来、今のところ順調に拡大してきており2010年にハノイ、2013年にジャカルタ、そして2014年には東京に凱旋進出という形で拠点展開もしています。まずはHRRで拠点を作り、それを追いかける形でHRCも事業拡大するという感じですね。

特にHRCの方はベトナムで競合他社がいないこともあり、事業立ち上げした2013年からおかげさまで引く手数多という状況です。ただ営業は楽ですが、サービスを開始してからの作りこみは時間も労力もかかる膨大な作業です。

HRRのクライアントは85%が日系、15%は韓国系やフランス系、ドイツ系の外資系企業とお取引させていただいております。一方HRCは100%日系企業、ベトナムにおいて人事・労務管理などに苦心されるお客様をサポートしています。

代表の安倉さんと一緒に会社を起業されたのですか?

いえ、彼ひとりで作った会社です。代表の安倉とは、フランチャイズの仕組み等を通じて中小企業支援を行うコンサルティング会社の新卒同期でした。私は加盟店開発の営業、彼は業態開発として同じチームで働いていた、いわば同じ釜の飯を食った仲間です。その彼がベトナムで創業したのが当社なのですが、私は起業には直接関わっていないんです。

私には、中学生の頃からアフリカに行きたいという夢がありました。起業の夢は彼のものであって、私の夢ではありません。「まずは自分の夢を遂げたい」と私は会社を3年で辞め、その後JICAの青年海外協力隊員としてウガンダへ行きました。26歳の頃です。

1年間の現地滞在期間は、協力隊員の求人を発掘するお仕事に就きました。今のお仕事とも通じるものがありますね。今後アフリカにやってくる協力隊員を受け入れる枠を構築するため、その受け入れニーズを現地で調査するのです。職業訓練校111校を全て自分の足で見て回り、「どんな日本人の先生だったら欲しいか」とヒアリングしていきました。現地の学校は、先⽣にお給料は払わなくてもいいのですが、宿泊先の確保は自前でしなくてはならないので、受け入れが無料というわけではありません。また、各学校で育成・卒業した学生たちの就職に関するマーケット調査も私の仕事として、現地の雇用ニーズを調べていました。こうして1年間で17件の求⼈発掘をして、私は任期を終えました。

ふたりの夢が重なったから、ICONICに⼊社した

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その後、なぜベトナムでお仕事するに至ったのでしょうか?

私がウガンダにいた1年間、その途中で安倉がベトナムへ向かいました。学生時代からドラッカーに傾倒していた安倉にとって起業はずっと抱いていた希望でしたが、それを海外でしようと思いついたのは、身近に新興国で働いていた私という存在があったことも関係しているかと思います。

ただ安倉は特にベトナムに思い入れがあって行ったというわけでもなく、知り合いがベトナムで会社経営をされていたのでそのつてを頼り、まずはその会社に勤めて営業職をしながら起業準備をするという生活をしていました。その間ずっと私たちは遠距離恋愛だったわけですが、最初はウガンダ‐日本、その後ウガンダ‐ベトナムで離れていても、いつも平気で1~2時間の長時間電話をしていました。特に彼が日本にいた頃は電話代の請求額がすごかったみたいですよ(笑)。

ウガンダでの任期を終えて結婚することとなり、私もベトナム行きを決意しました。でも彼の起業に直接手を出さず、私は現地で銀行の法人営業の職を得て、またもや別行動していましたね。ここでも彼の夢と私の夢は別もの。それに私に安定した収入があったほうが、彼も安心して起業に挑戦できるだろうという想いもありました。

そうして私は2008年にベトナムに来て3年ほど銀行の法人営業として働き、2010年にICONICに入社しました。私には今でも、アフリカで中小企業の支援をしたいという夢があるのですが、ICONICの未来図も、2010年代はアジア、2020年代はアフリカに進出すると定めたんですね。私の夢と夫の夢に重なりが出てきた、共鳴したと感じて入社に至りました。

なぜそこまでアフリカに強い想いをもたれたのですか?

単純ですが中学生の頃、テレビのバラエティ番組でカメルーンの風景が流れているのを見て、そのあまりに日本とかけ離れた様子に「この目で見てみたい」と思ったことがきっかけです。

また、当時東京に住んでいた姉の家の近くにあった植物園にタビビトノキという木があり、その不思議な形状に心惹かれるものがありました。これはマダガスカル原産の木なのですが、名前の通り、茎に雨水を貯めることで旅人を潤す存在として重宝されていて、そのストーリー性にもロマンを感じ、実際にアフリカの大地にこの木が植わっているところを見たいと思ったのです。

アフリカに興味を抱いた私は、学校の図書室にあるアフリカに関する本を全て読破、そこで知識を深めました。最初はアフリカの表面的な部分から惹きつけられていましたが、本を読むにつれますます想いを募らせ、自分の中にあるフロンティア・スピリットがくすぐられたんです。欧米諸国は多くの人が行ったことがあるから、私があえて行く必要はない。誰に聞いても分からないような場所に行ってこそ価値がある!そう思いました。

今はアジアを中心とした事業展開ですが、いつか必ずアフリカに進出したい。今でも強く思っています。

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