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かつての夢を今、カンボジアで~過去と過去が線でつながる – A2A Town (Cambodia) Co., Ltd. 猪塚武氏

Cambodia
日本での就職、選挙出馬、会社起業・経営を経て猪塚氏が飛び出したのは東南アジア、カンボジアだった。首都プノンペンから100kmの距離にある国立公園内で、人々の憩いの場としてだけでなく、企業のカンファレンス開催地、グローバル人材の育成拠点、リタイアしたシニア層が過ごす場所など様々な機能を併せ持つリゾート学園都市を創造するべく奮闘している。

A2A Town (Cambodia) Co., Ltd.  CEO

2015.03.17

カンボジアの森に学園都市を創る

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事業内容について教えて下さい。

当社はカンボジアの首都プノンペンから約100km、車で2時間半のキリロムという土地にリゾート学園都市を創っています。あくまでイメージですが、日本人には「軽井沢に筑波大学を創ろうしているようなもの」と説明するのが分かりやすいかと思います。

カンボジア政府が所有する国立公園の敷地内2000ヘクタールほどを借り受けていて、森林伐採が横行するカンボジアにあって、ここでの価値は森林。リゾートで働く、住むという概念も薄い中で、自然そのものの価値を打ち出しています。現地を中心にFacebook上で「いいね!」を24万件いただくなど反響も大きく、概ね順調に事業を進めているところです。

カンボジアでリゾート事業を選ばれた理由は何ですか?

カンボジアは治安が抜群にいいですし、銃規制も強い。仏教国ということで日本人には馴染みやすいですし、観光立国であるためおもてなしの精神もあります。何よりとても親日的です。

ビジネス面でも恩恵は多いと思います。私が最初に日本で起業した会社では中国・インドに進出もしましたが外資規制が強く、立ち上げは大変なものでした。ローカル競合も強く外資企業にとっては厳しいマーケットでしたね。かたやシンガポールは多くの外資企業がアジアのヘッドクォーターを置いているだけあって世界中からトッププレイヤーが集まっていて、市場はメジャーリーグさながら。「こんなの勝てるわけない!」という印象でした。日本のスタートアップ企業が普通に戦って勝てそうだと思ったのが、私にとってはカンボジアだったのです。

現在は当社の社員含めてキリロムの住人は150人程度ですが、これを最終目標20万人まで持っていきたいと考えています。大学施設や道路、住居、その他インフラなどのハード面だけなく、カリキュラムや事業などのソフト面も同時進行で進めていく、まさに街づくりの全てをここで実践しています。

昨今は大学も生存競争が激しい中で、当大学は全寮制と多様性をキーワードに、実験的かつ挑戦的なカリキュラムを組んでいきます。初年度である今年の入学生は24名、これも将来は3万人規模を目標にしています。ハーバード大がピラミッドの最上層から社会変革を起こしているのだとすれば、私たちはこのキリロムからボトムアップ型の社会変革を起こせる人材を輩出していくことを本気で目指しています。

街づくりの一環としては他にリタイアメント・コミュニティ、つまり退職したシニア層向けのリゾート物件販売などのビジネスも展開し始めているところです。今はマレーシアがその分野では日本人に人気ですが、今後はカンボジアの方が将来性が期待できると思っています。50年の借地権・看護サービス付きの物件がここでは現在3万米ドル程度で提供できます。

なぜ海外で起業することになったのですか?

アインシュタインが好きで大学は物理学専攻でした。学者を目指して博士課程に進んでいましたのですが、経済をはじめとした日本の先行きを危惧した私はある時から政治の道を志すことに。しかし選挙に出たくても資金がない。まずは就職しようと当時初任給が最も高かった外資系コンサルのアクセンチュアに入社しました。そこで1年ほど働きいざ出馬するも落選、もう一度出馬するつもりでいたので今度は地元の香川で起業しました。1998年、私は31歳でした。

前職でITコンサルを務めていたことや、大学時代もスーパーコンピューターを使った研究をしていたことなどが関係してWEBアクセス解析事業をしていました。特に2003年を過ぎてからは業績が絶好調でしたが、アメリカで大きな業界再編が起こり次第に競合との激しい競争を強いられるように。より経営基盤を強くするためインドと中国に子会社を設立して進出、さぁこれから攻めるぞと思った矢先にリーマンショックが起きました。

実はちょうど時を同じくして、NTTコミュニケーションズから買収のオファーも来ていました。結果それを受け入れ私はその新会社の代表を務めていたのですが1年ほどで辞め、また新たなビジネスを求めてアジア周遊の旅へと出ました。

もう一度、自分の手でビジネスがしたかった

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アジア周遊はどのくらいの期間行かれたのですか?

ゼロベースでビジネス探索をしようと、2年ほどかけてアジア各国をまわりました。会社を売却したこと、株取引などでまとまった資金も手にしていたのですが何だかつまらなくて。だって人生、何のために生きているのでしょう? 私は投資家になりたかったのではなく、実業がしたかったのです。

サウジアラビアではたまたま投資担当の王子に出くわすなど楽しい経験をしました。やってみたいなと思う事業は月に一度くらいの頻度でどんどん見つかるものだから、やりたい気持ちをこらえるほうが大変でしたよ。「次はもっといい事業が見つかるはずだ」と旅を続けていました。

出向いた先で人と会う度に必ず「What’s your business?」と質問を投げるようにしていました。これを続けていると、一見まとまりのないような情報も膨大な数が集まることで「この国ではこんなビジネスがあるのか」「この国はこういう状況なのか」と情報がレーダーのように法則性を帯び、頭の中でインデックスができてくるのです。

この質問は同じ人に対しても会う度に聞いていました。すると以前とは違った事業をすることになっている人もいたりして、「この国の○○業界は競争が厳しいのか」とビジネスへの知見を蓄えていきました。特にシンガポールは厳しい印象でしたね。それに、自分が日本市場の中で発揮できる強みよりも、海外に いち日本人としている強みの方が強いということもこの旅で実感したことのひとつです。

この事業は、ビジネス上のパートナーが旅行業界につながりが強く、「この旅行分野は伸びるぞ」と私に言ってきたことが始まりです。最初は半信半疑でしたが、このキリロムの森に来てみたこと、そこに王族の別荘があったことなどを目の当たりにして確信に変わっていきました。

世界同時インフレのような非常事態にも、農業や不動産絡みの事業は強いという考えもありましたね。それに大学の事業は私が以前学者を目指していたこと、街づくりも政治家になりたかったことに不思議とリンクしています。スティーブ・ジョブスの有名な言葉「コネクティング・ザ・ドッツ」はまさに私のことだと思えるほどですよ。皆そう思っているのかもしれませんが(笑)。

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